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1月1日
新年早々、荒い感情を高ぶらせた。
随分と久しぶりのことで、自分ではもう、結構丸くなった方だと思っていたから、ちょっと意外だった。
まるで中学生か高校生の頃に戻ったみたいだった。
あの頃は、何かと苛々することが多くて(若さ故、経験の浅さ故、今よりもっと無器用だったのだ)、度に何かに当たり散らしていた。
ほとんどが、部屋の壁を殴ったり蹴ったりすることだった。
比べて、自傷はあまりしなかったと思う。
私の部屋は、今家具で隠れてはいるものの、実は壁が穴だらけ。
いくつか穴を空けるうちに、「殴ってもいい場所」というものも学んだりした。
殴ってもいい場所というのは、壁の裏に家の芯というか、柱になるようなものなのか、堅い何かがある所。
そこは殴っても穴が空かないポイント。
けれど今日は久しぶりだったし、ブランクがあると言ったらおかしいかもしれないけれど、そういうわけで、床だの壁だのを手当たり次第に殴ったり蹴ったりした。
そして、新しい穴を作った。
あまりの音に、犬が脅えてしまったみたい。
こんな行動をとったことは本当に意外で、まだ自分の中にそんな部分があったのか、なんて冷静に考えつつも、私はそれを止めなかった。
足が少し痛むし、手は血が滲んでいるし、明日には腫れるかもしれない。
というか、既に少し腫れ始めている。
彼氏には、そんなことをする前にどうして頼ってくれなかったのかと言われた。
それがまた、意外だった。
昔には日常茶飯事だったのだし、刃物で身体を切ったわけではないし、私にとっては何ら特別なことではなかったから。
けれど、今は一人じゃないんだから、と言われた。
それで、ああそうか、と思った。
あの頃の私は独りだったけれど、今は違うんだ。
今は頼る場所があるのだと、教えられた。
そうか。あの頃の私と、今の私は違うんだ。そうか。
1月10日
4日。
祖母が施設から病院へ運ばれた。
父が付き添い、帰宅は随分と遅くなったと思う。
私は母から、彼女の出血が止まらないとだけ聞かされた。
何処からの出血なのか、何による出血なのか、この時の私にはわからない。
5日。
祖母が子宮癌に侵されていると知る。
膀胱へも転移しているらしい。
父と姉妹とで、見舞いに行った。
摘出手術に耐える体力も、投薬治療を受けるだけの体力もないと、素人が見ても一目瞭然。
鎮痛剤を投与されていた為か、眠たそうにしている。
月曜になったら輸血を行う予定であると、看護師から聞かされた。
しかし、
「また来るね」
「また手紙書くね」
それが、私から生きた彼女にかけた、最後の言葉になる。
20:30頃。
祖母が他界。
享年95歳。
死因は子宮体癌。
二日間のみの、入院生活。
死ぬほどの癌を抱えながら、苦しそうな様子も見せずにいたのは、きっともう苦しむ力すらなかったのだろうと、父が言った。
父と、伯母と、祖母の姪が、その瞬間に立ち会った。
彼女が自宅へ戻ろうという頃、向かいの本家から二人、来てくれた。
玄関のしめ飾りを外しなさいと言われた。
鏡餅も片付けた。
正月用に生けられた花は切られ整えられ、枕花となった。
正月ムード、完全払拭。
やがて祖母が到着し、枕経を上げてもらう。
この日は丁度、姉夫婦が新年の挨拶に来ており、妹が帰省しており、家族の揃った日だった。
きっとそういう日を選んだのだろうと、伯母が言った。
前日に、伯母が仏壇の祖父へ、
「いい加減にばあちゃんを迎えにきなさいな」
と言ったとのこと。
私は、彼がそれを承知して妻を迎えに来たのだと思う、この日に。
7日に通夜、8日に葬儀。
最後の約束、私は手紙を書いて、棺へ入れてもらった。
年末出かけた時に、祖母へ出そうと思って買った、絵葉書。
約束は、果たせたと思う。
彼女を棺に入れる前に、身体を清めて旅支度をさせた。
「支那に行った、畑仕事にもよく行った、大事な足だ」
親戚が言って、足を特に念入りに拭いた。
頭を持ち上げた時には、死後硬直しているはずの顔に、微笑が見えた。
偶然、そういう風に動かしたのかもしれない。
たまたま、そういう角度から私が見たのかもしれない。
けれど、私には穏やかな微笑が見えた。
棺に釘を打つ時には、つい力が入ってしまって、
「全部打つなよ」
と注意された。
私の打った1回で、結構釘が沈んでしまったと思う。
他の人には悪かったかもしれないが、彼女の棺に釘を打てたことに、私は勝手に満足している。
涙は堪える間もなく、ボロボロと溢れ、溢れ落ちた。
気づけば頬を伝って落ちていた。
祖母を失ったことは、悲しくはない。
葉書を出す相手がいなくなったのは、少し寂しいけれど。
サヨウナラ、でもないと思っている。
たまたま彼女は大正に生まれ、昭和、平成を生き、その人生の中でたまたま私という人間を孫に持ち、また私の人生に祖母として存在した、そういう人だったのだと思う。
たまたま、偶然。
縁があって、因縁があって。
それで私達の道が、一部交わった。
彼女と私。そういう関係だと思う。
だから、サヨウナラではなくて、また会いましょうでもなくて。
お疲れさまでした。
彼女にかけたいのは、この言葉。
1月31日
もしかしたら私は、あまり誰かと仲良くしない方がいいのかもしれないと思った。
誰かに心を開いて、甘えて、頼って、そういうことは控えた方がいいのかもしれないと思った。
裏切られるのが怖いのじゃない。
捨てられるのが怖いのじゃない。
前はそうだったけれど、今はそうじゃない。
出会いがあれば、別れがあって。
それは当たり前のことと、頭ではわかっているけれど、私は忘れられない。
別れた人を、別れられない。
いつまでも、いつまでも、引きずって。
それが穏やかな想い出になるのなら、構わないと思う。
でも、私は違う。
別れの痛みだけが、強く強く残って、楽しいこともそうでないことも、思い出すたびに、胸が苦しくなってしまうから。
前を向かないでいるだけかもしれないけれど。
後ろばかり見ているせいかもしれないけれど。
私には、捨てることができなくて。
違う誰かの面影や口調に、別れた人を重ねて。
そこに幻影を見る。
そうして、そのたびに思い知る。
その人は別人なんだって。
同じ人は、いないんだって。
探しても探しても、会えはしない存在を、それでも探してしまうから。
私には、向いていないのかもしれないと思った。
それでも、やっぱり誰かと関わることをやめられないのは、馬鹿なこととも思う。
そして全く関係のない話だけれど、最近は頭痛が酷いです。
ストレスだと思う。
ストレスを少しでも感じると、頭が痛むから。
痛み止めは、飲むけどあまり効かない気がする。
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